なんとなく、暮らしてる

800文字程度の雑文

保健室登校だった頃

不意に懐かしい匂いがして小学一年のちょうどこの時期くらいの記憶が蘇ってきた。

厚い雲が一日中太陽を覆って雨の降る地上では朝か昼かも分からない。

俺は保健室にいて、窓を伝う雨だれをじっと見ている。そこへ担任の先生がやってきて「S君と一緒に帰りなさい」と言う。記憶はどうやら放課後のことである。

表に出るとS君は先に雨傘を差して雨の中待っている。俺も傘を差して帰路につく。紫陽花が咲いていて、あの懐かしい匂いもする。

このときの俺は体調が悪くて保健室にいたのではない。

小学校に入学早々、音楽の授業が嫌でたまらず仮病を使って保健室に逃げ込んで以来保健室登校になっていたのだった。

保健室登校といっても病的でネガティブなものではなく、当の自分はその状態を結構楽しんでいた。校内が騒がしくなる休み時間は保健室でじっとしているのだが、みんなが授業を受ける段になると保健室から出て校内をブラブラと散策していた。

中でも校長室が好きでよく絨毯の上に寝っ転がっていた。座ると腰が深々と埋まる来客用のソファーの感覚とか、棚に置いてあった大人の手のひら程もある蜘蛛の剥製のこととか、壁に掛かった歴代校長の写真とか、件の懐かしい匂いに浸っていると色んなことを思い出す。

昼になると保健室で給食を済ませて、休憩時間は暇つぶしにやってくる上級生と遊んでもらったりした。午後もやっぱりブラブラして下校時間になったらS君と一緒に帰っていた。

ずっとこの生活が続くのだろうなと思っていたら、ある朝担任の先生がやってきて「一緒に行こう」と言うのでついていくと1年1組の教室の前だった。

そのときの俺は特に抵抗した覚えがない。用意された自分の席に自然と着座して保健室に登校する日々が終わった。その日はちょうど明日から夏休みという終業式の日だった。

さっき母親に懐かしい匂いの正体を聞いたらクチナシの花だといって玄関に生けてあるそれを持ってきた。きっとあの頃の学校の植え込みにでも咲いていたのだろう。